VS-37
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VS-37 "Sawbacks"は、米海軍の中で1972年まで最後のS-2トラッカー対潜機を使った部隊として記録されている。本項ではWhite Bearさんが撮影された写真を中心に、S-2Eを使用していた同対潜機飛行隊の様子をご覧いただきたい。
 VS-37は太平洋戦争直後の1946年にカルフォルニア州オークランドの海軍基地で創設された飛行隊(VS-871)であった。創設後はアベンジャー雷撃機の改造したTBM-35Sの配備を受けて対潜哨戒部隊に変更され、勃発した朝鮮戦争に参加して活躍した部隊でもある。1953年6月に部隊名をVS-37に変更し、1954〜1955年には米対潜空母USSプリンストンに搭載されて、中国大陸で内戦に敗れた蒋介石の国民党軍の台湾移動を助けている。この活動期間中にグラマン社が開発したS-2(当時はS2F-1と呼称)が配備されたと言われている。(2025年11月 記)

↑ 1974年8月にノースアイランド海軍基地で撮影されたVS-37のS-2E/NH-701/Bu.No.152374。ノースアイランドはサンディエゴ市外地から橋で渡ることのできる小島に造られた基地で、空母が3隻ほど停泊できる大きな埠頭と隣接する大きなエプロンと滑走路がある海軍航空基地が有名である。上の写真左手CH-46の後方に見えるのが、海を隔てたサンディエゴの市街地である。

↑ 1973年3月ノースアイランドで撮影されたVS-37のS-2E/NT-204/Bu.No.152617。NTのテールコードはCVSG-59を示すもので、空母タイコンデロガに搭載されていた1972年の塗装を残していたもの。

↑ 1976年頃 厚木基地で知り合った方が送ってくれた同基地に着陸するVS-37のS-2D/NV35/Bu.No.152832。この機体は後にVS-28に移管され、最後は台湾空軍へ売却された。アルバムに保管していたが、本項を作成するに当たり展示させて頂く。撮影者のお名前など記録が残っていないので、申し訳ないが厚木先輩とさせて頂いた。NVのテールコードはCVSG-57を指し、VS-37がCVSG-57に所属していたのは1962〜1967の期間である事から、その間に厚木で撮影されたものであろう。

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↑1971年6月佐世保に寄港した米対潜空母USS タイコンデロガ(CVS-14)の甲板上に並ぶVS-37のS-2E/NT211 NT213など、ずらりと並ぶ対潜機が凄い。White Bearさんはお住まいの明石市から、空母寄港の情報を基に九州の佐世保まで急行して撮影されており、SNSも無い当時において、その情報収集能力と行動力には驚かされる。

↑ 1964年1月 何と神戸港に寄港した米空母USSホーネットの一般開放があって、其の甲板上の写真である。VS-37のS-2D/NV-36/Bu.No.148732が展示されていたそうである。尾翼の3筋のラインは、S-2D トラッカーを使用する前に配備していたAF-2W対潜哨戒機時代から同隊の機体尾翼に描かれていたデザインである。White Bearさん撮影。

Wings

↑ 同じく1974年8月にノースアイランド海軍航空基地で撮影されたVS-37のS-2E。Modexは700番台を付けている。S-2E/NH-702/Bu.No.152816。
奥はNH-701/Bu.No.152374、NH-703/Bu.No.152341と並ぶ。NHはご存知の通り第11空母航空団(CVW-11)のコードで、1974年当時は空母USSキティホークにVS-38と共に搭載されており、丁度この年ベトナム戦争から切り上げて7月にサンディエゴに戻って来たばかりであった。

↑上から2枚目の艦上のもう少し前方を撮影されたもので、S-2E/NT216/Bu.No.152817が中心に、本機の後方と前方にはVS-33のS-2Eが駐機している。White Bearさんは当時からスライドフィルムを使っておられ、本作品群も白黒フィルムとコダック社のエクタクロームを使用されている。因みにS-2E/152817は、後にG型にアップグレードして1975年ぐらいまで使われた。 

↑ White Bearさんによれば、当時USSタイコンデロガに載っていた航空団はCVSG-59で、100番台がVS-33、200番台がVS-37、300番台がVS-38だったそうである。その他、甲板の奥にはE-1早期警戒機も見える。このCVSG-59は1972年に解散したそうでだ。S-2E/NT-214/Bu.No.152374